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大阪地方裁判所 昭和63年(ヨ)3602号 決定

申請人

中村理

右申請人代理人弁護士

東畠敏明

富阪毅

松本研三

出水順

被申請人

株式会社守谷商会

右代表者代表取締役

守谷正平

右被申請人代理人弁護士

矢吹輝夫

小澤哲郎

主文

一  申請人が被申請人の従業員たる地位を有することを仮に定める。

二  被申請人は、申請人に対し、金二一万円及び昭和六三年六月一日以降平成元年三月末日までは一カ月金二一万円の、同年四月一日以降は一カ月金六三万円の各割合による金員を毎月末日限り仮に各支払え。

三  申請人のその余の申請を却下する。

四  申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一当事者の申立

一  申請の趣旨

1  申請人が、被申請人に対し、雇用契約上の権利を有することを仮に定める。

2  被申請人は、申請人に対し、金二〇四万五八〇〇円及び昭和六三年六月三〇日以降毎月末日限り金六四万円の割合による金員を仮に支払え。

二  申請の趣旨に対する被申請人の答弁

本件仮処分申請をいずれも却下する。

第二当事者の主張の要旨

一  申請の理由

1  当事者

被申請人は、産業機械、空調機器、建設機械等の販売及び設備工事を業とする株式会社である。

申請人は、昭和二九年四月一日、被申請人に雇用され、その後、主として、会計及び営業の業務に従事していたところ、昭和五五年七月一日付をもって、守谷電工株式会社(以下「守谷電工」という。)への出向を命じられ、同日以降同社の専務取締役(登記簿上は代表取締役。)として、同社に勤務していたものである。

右守谷電工は、昭和三四年に、被申請人が、同社の大阪地区の工事部門を独立させ、主として、被申請人受注にかかる工事の下請用の子会社として設立したもので、守谷電工の役員は全員被申請人の出向社員及び元従業員である。

2  出向解除及び解雇の意思表示

被申請人は、昭和六三年七月一八日、申請人に対し、右出向命令を解除し、自宅待機を命じたうえ、同年八月四日付をもって電話口頭にて懲戒解雇の意思表示をしたとして、以後、申請人の被申請人従業員たる地位を否定し、これを争っている。

3  賃金

申請人は、昭和六一年四月一日以降毎月末日限り、被申請人から一カ月金六四万円の賃金の支払いを受けていたものであるが、被申請人は、申請人に対し、次の賃金の支払いをしない。

(1) 昭和六三年四月分 金五九〇〇円

ただし、昭和六三年六月一日付給与改訂による遡及実施差額分

(2) 同年五月分 金二万三九〇〇円

ただし、右同

(3) 同年六月分以降の毎月の月額賃金 金六四万円

(4) 昭和六三年三月期賞与(昭和六二年十月から同六三年三月までの勤務期間に対するもの) 金二〇六万六〇〇〇円

ただし、昭和六二年七月三日支払賞与支給実績(同六一年十月から同六二年までの勤務期間に対するもの)

4  仮処分の必要性

右のとおりであるので、申請人は、被申請人に対し、雇用契約存在確認の訴えを提起するよう準備中であるが、申請人は、被申請人は、被申請人より支給される実質手取り月額金三〇数万円のみで妻と独立の生計をもたない二子を扶養しており、かつ、被申請人が借り上げ社宅として家賃を支払っていた居宅についても、その家賃の支払いを被申請人において拒否され転居を余儀なくされている現状で、本案判決の確定を待っていたのでは回復できない損害を受ける。

5  よって、申請人は、被申請人に対し、本申請に及ぶ。

二  申請の理由に対する被申請人の答弁並びに主張

1  答弁

(1) 申請の理由1、2の事実は認める。

(2) 同3の事実中、(3)、(4)の事実は争うが、その余は認める。

昭和六三年六月分の月額賃金は、金三八万三四二八円、同七月分の同賃金は金三五万五八一一円、同八月分の同賃金は、金二万六五八二円、同年三月期賞与は、金九四万九一五二円である。

2  主張

被申請人は、申請人に対し、昭和六三年八月四日付けをもって、口頭で懲戒解雇する旨の意思表示をした。

その事由並びに経緯は、次のとおりである。

(一) 不正事件の発生

(1) 次の不正事件(以下、「本件不正事件」という。)が発生した。

〈1〉 昭和六二年八月、被申請人大阪支店電気一部電気一課長桑田茂治(以下、「桑田」という。)は、申請人に対し、そのような事実がないのにこれがあるように仮装して、「被申請人が医療法人春秋会(以下、「春秋会」という。)から受注した城山病院改築に伴う電気配線工事、パーテンション工事一式を代金八六〇〇万円(その後、金一〇六〇万円の追加工事が加算され、工事代金は合計金九六六〇万円とされ、更に、追加工事ということで、金三五〇〇万円が加算され、結局、工事代金は、合計金一億三一六〇万円とされた。)で守谷電工に発注する。再下請は、富松商会とする。」旨口頭で申し向けた。申請人は、これを受けて、桑田に指示されるままに、富松商会に対して、次のとおりの支払いをなした。

昭和六二年八月二五日合計金六〇〇 〇万円 約束手形

九月二五日 合計金二八〇〇万円

昭和六三年三月一〇日 金三四五〇万円 銀行振り込み

以上合計金一億二二五〇万円

なお、その間、昭和六三年一月ころ、右取引は、春秋会と守谷電工との直契約に切り替えられた。

〈2〉 昭和六二年十月、桑田は、申請人に対し、そのような事実はないのにこれがあるように仮装して、「被申請人が受注した寺元記念病院パーテーション工事、機械据付工事を代金三九〇〇万円で守谷電工に発注する。再下請は、富松商会とする。」旨口頭で申し向けた。申請人は、これを受けて、桑田の指示するがままに、富松商会に対し次のとおりの支払いをなした。

昭和六二年十月二四日 合計金一五〇〇万円 約束手形

一一月二五日 合計金一六五〇万円 約束手形

昭和六三年二月二五日 金四八〇万円 約束手形

以上合計金三六三〇万円

〈3〉 昭和六三年四月、桑田は、申請人に対し、そのような事実がないのにこれがあるように仮装して、「被申請人が受注した城山病院改築に伴う工事を近畿電気工事株式会社に一括下請に出すが、同社との間で、右工事の一部を、更に代金一億三〇〇〇万円で守谷電工に発注することになっている。再下請は富松商会とする。」旨申し向け、申請人は、同人に指示されるままに、富松商会に対して、昭和六三年四月二五日、合計金六二〇〇万円を手形で支払った。

(二) 申請人の義務違反

(1) 被申請人と守谷電工との関係

〈1〉 守谷電工は、被申請人大阪支店が有していた電気関係の工事部門を独立させた会社であり、昭和六二年九月現在、資本金二〇〇〇万円、従業員数二六名、年商約七億四八〇〇万円で、うち約八割は被申請人からの発注によるものである。

被申請人は、主に産業機械、空調機器、建設機械等の販売及び設備工事等を業とする商社であるが、その受注した工事のうち、電気関係工事の一部を守谷電工に発注するほか、工事の種類、規模、場所等に応じて、種々の会社に発注している。電気関係工事についても、中心的な発注先は株式会社明電舎であって、守谷電工は、その補充的地位にある。

〈2〉 被申請人は、守谷電工を含め九社の子会社を有しているが、これら子会社は、全て、被申請人側においても子会社側においても、被申請人の一部門として意識され、かつ、そのようなものとして管理されている。

すなわち、子会社の活動にあたっては、子会社代表者は、被申請人に対し、「別会社」である子会社としての義務のほか被申請人の各部門が活動する場合と同様の義務(被申請人に対し、業務に関する事項を報告する義務、取引等に際し、被申請人の稟議・社長決裁を経る義務その他)を負っており、被申請人には、各子会社の「担当店部」が置かれて、被申請人の子会社に対する管理の窓口とされている。また、各担当店部は、各担当子会社の営業状況を常時把握しておくことになっている。

守谷電工については、被申請人大阪支店電気二部が担当店部となり、被申請人本社および大阪支店の管理下にある。

このように、被申請人の各子会社は、被申請人の一部門としての管理を受けるが、それ自体としてはあくまでも独立の会社であり基本的には独自の活動をする。

(2) 申請人の経歴

申請人は、昭和二九年四月一日に被申請人に入社したが、その後の主な経歴は、同四九年一二月二〇日大阪支店会計部長、同五三年九月一日本店営業会計部長、同五五年六月一六日同店総務部付・部長待遇・守谷電工へ出向(代表取締役)・同六三年七月一日定年延長(第二回)であった。

(3) 義務違反該当性

右のような関係の下において、申請人には、本件不正事件につき、次の義務違反(以下、「本件義務違反」という。)がある。

〈1〉 報告義務違反

子会社が、何らかの取引を受注したときは、子会社代表者は、それが被申請人からの受注であっても、原則として、当該担当店部に報告しなければならない。本件不正事件にかかる取引は、全て大口取引であるにもかかわらず、申請人は何等の報告もなさなかった重大な報告義務違反があった。

〈2〉 稟議義務違反

Ⅰ 新規取引をなす場合には、被申請人の稟議を経、被申請人社長の決裁を受けなければならない。

本件不正事件(1)は途中から春秋会と守谷電工との直接取引ということになっており、また、同(3)は、初めから近畿電気工事株式会社に対する下請発注ということになっているところ、守谷電工にとっては、両者いずれも初めての取引相手である。したがって、申請人は、稟議を起こすべき義務があるのにこれを怠った。

Ⅱ 金五〇〇万円程度以上の前払いをなすには、被申請人の稟議を経、被申請人社長の決裁を受けなければならない。

本件不正事件の各取引において、申請人が守谷電工の代表者として富松商会に対してなした支払いは、いずれも多額の前払いであるばかりでなく、申請人は、本件不正事件(2)及び(3)については、それぞれ前件に関する代金受領が完了していないのにもかかわらず、さらに多額の前払いをしており、これにつき稟議を経る義務を怠った。

Ⅲ 大口取引については、一件当たりの取引額が概ね金五〇〇万円を越える場合、取引先の信用に応じて被申請人の稟議及び被申請人社長決裁又は取引伺いを経なければならず、取引額が金三〇〇〇万円を越える場合は、必ず被申請人の稟議を経、被申請人社長の決裁を受けなければならない。また、与信上問題のある取引についても、被申請人の稟議を経、被申請人社長の決裁を受けなければならない。

本件不正事件の各取引は、いずれも取引額金三〇〇〇万円を越える大口取引であり、後記する富松商会の状況からすれば、それが与信上問題のある取引であることは明らかであったのに、申請人は、稟議を経る義務を怠った。

〈3〉 取引実体確認義務違反

富松商会は、夫婦二人だけで運営する工具屋で、守谷電工との間には、以前から取引があったが、同商会が守谷電工に工事用部品、接着剤、軍手等を納入する等の少額取引(一件千円・万円単位)がほとんどであった。このような経営規模及び形態等は、申請人においても知悉していたものであるが、同商会が本件不正事件のような多額の取引をなす能力を有しないことは一見して明白である。にもかかわらず、申請人は、取引実体を確認しないまま同商会に対して漫然と多額の支払いをなしているのであって、これは、申請人の最も基本的な義務違反である。

(三) 懲戒解雇該当性

本件不正事件に関する申請人の行為(以下、「申請人の本件行為」という。)は、被申請人就業規則(以下、「就業規則」という。)第四〇条「従業員が次の各号の一に該当したときは懲戒処分をすることがある。」第一号「本規則または遵守すべき事項に違背したとき」、第二号「故意または重大な過失により会社に不利益を生じさせるあるいは競争会社に利益を与えたとき」及び第一〇号「その他前各号に準ずる不正」被申請人賞罰規程(以下、「賞罰規程」という。)第二〇条「次の各号の一、またはそれ以上に該当する場合個人処罰の対象とする。」第一号「故意または重大な過失により業務上不利益を生ぜしめあるいは競争会社に利益を与えた場合」第四号「自己の職責を十分に遂行しなかった場合」及び第一一号「その他社内諸規則または遵守すべき事項に違背した場合」に該当する。

そして、申請人の本件行為は、それだけでも懲戒解雇相当といわざるを得ないのみならず、申請人が、前記義務を履行していれば容易に前記不正が発見でき、これを防止し得たのである。

すなわち、被申請人において、前払い等の稟議の申し立ては、まず会計部で審査され、稟議を通過する見込みのないものは、会計部の審査段階で排除されるようになっており(同部の審査を通過したものは、管理部の審査を経て稟議に至る。)、前記のとおり、申請人は、長期にわたり被申請人の会計業務に携わり、殊に、昭和四九年以降同五五年までは、かかる審査の責任者の地位にあったのであって、前記各義務及び審査、稟議基準にては精通していたのである。

本件不正事件における富松商会に対する前払いは、その金額だけからしても、いずれも稟議を通過することはあり得ないことは、通常の被申請人社員であれば一見明白である。その支払の指示が被申請人従業員大阪支店課長桑田の外形を有するものであろうとも、それに不審を抱き、前記各義務を履行するのが当然であり、さらに、申請人の経験・能力・地位からすれば、一課長に過ぎない桑田の指示の信憑性を速やかに確認することが当然だったというべきである。被申請人においては、通常の業務の中で桑田の不正を発見することは事実上不可能であり、申請人こそが、これを発見し、被申請人に知らしめる立場にあったのである。さらに、仮に、申請人自身がそれに不審を抱かなかったとしても、申請人が通常の仕方でその職務を遂行い(ママ)れば容易に不正が発見され得たものである。

加えて、申請人が、前記のとおり被申請人に重用されており、被申請人を支え、もり立てて行くべき立場にあったこと、申請人の本件行為が被申請人の全社員に与えた影響の大きさをも考慮すれば、申請人の責任は、通常の被申請人社員が同様の行為をなした場合よりもさらに重大であって、被申請人の秩序を維持し、その運営の正常を保つためには、申請人の本件行為に対する処分としては、懲戒解雇以外あり得ないのである。

そこで、被申請人は、所定の手続きにより、昭和六三年八月四日、就業規則第四一条第一項「懲戒はその理由の程度により、訓戒、譴責、減給、降格、休職、諭旨退職、懲戒解雇の七種とする。」に基づき、申請人を懲戒解雇することを決定し、同日、電話口頭で懲戒解雇(以下、「本件懲戒解雇」という。)の意思表示をなした。

三  被申請人の主張に対する答弁並びに主張

1  答弁

(一) 被申請人の主張(一)(1)は認める。

同(一)(2)は争う。

(二) 同(二)(1)〈1〉は認める。

同(二)(1)〈2〉の事実中、その主張の義務の存在することは争うが、その余は認める。

同(二)(2)は認める。

同(二)(3)は争う。

親会社である被申請人と子会社である守谷電工との取引において、従来から、被申請人が下請業者の指定・契約形態・支払条件等の交渉と決定の主体となる発注(以下、「指定形式発注」という。)については、全て、親会社たる被申請人の責任において工事業者の選定、管理、代金支払方法等の指定があり、子会社たる守谷電工としては、その指示に基づき、書類上の処理と代金決済をするのみで、その取引から発生する事故は被申請人の責任においてなされてきたものである。守谷電工としては、指定形式発注取引で、かつて、一切の事故がなかった。

本件不正事件にかかる取引も、従前と同様の方式と手続きによる被申請人からの指定形式発注であったので、守谷電工の代表者としての申請人も、正規の取引として全幅の信をおき、支払の指示についても日常的な決済として再下請である富松商会へこれをしたにすぎない。

(三) 同(三)の事実中、その主張の規定の存在することは認めるが、その余は争う。

2  主張

本件解雇は無効である。

その理由は、次のとおりである。

(一) 解雇手続違反

賞罰規程第二三条には、「個人処罰の審議にあたっては、処罰対象者を弁護する者を選定し、その意見を十分聴取すると供に、次の各号に掲げる事項を参考として審議するものとする。」と規定されており、これによれば、懲戒解雇をするには、処罰対象者の弁護者を選定し意見を聴取し、これを決しなければならない。

しかるに、本件解雇手続きにおいて、この弁護者の選定も意見聴取もなされておらず、重大な手続違反がある。

よって、本件懲戒処分は、無効である。

(二) 解雇権の濫用

仮に、何らかの懲戒事由が存在するとしても、本件解雇は、解雇権の濫用にあたり無効である。

すなわち、本件不正行為の取引形態は、指定形式発注であり、その責任は被申請人にあって、本件不正行為にいう詐欺取引をなしたのは、被申請人の従業員であり、その被害者が申請人及び守谷電工である。詐欺行為者側である被申請人は、自己の従業員の管理責任を棚に上げ、その責任を被害者であるべき申請人に押し付け、さらに、自己の従業員に対する管理責任を糊塗しようとして、申請人を懲戒解雇したものである。

加えて、申請人は、被申請人に入社以来三〇数年誠実に、かつ、勤勉に被申請人の業務に従事してきた者である。本件においても、親会社である被申請人との従来からの取引形態に逸脱することなく、その指示に従い誠実に処理したにすぎない。

右事実からして、本件懲戒解雇は、被申請人の責任を回避しようとするもので、解雇権の濫用にあたり、無効である。

四  申請人の主張に対する被申請人の答弁

1  申請人の主張(一)の事実中、その主張の規定の存在すること及び形式的な弁護者の選定がなされなかったことは認めるが、その余は争う。

賞罰規程は、就業規則第四四条を受けて規定されたものであり、同規程第二三条の趣旨は、賞罰委員会が懲戒処分の内容を審議するについて、処罰対象者に有利な事情も十分聴取することにより、処分の偏りなきを期することにある。

申請人に対する懲戒解雇を審議した昭和六三年七月二八日の賞罰委員会(以下、「本件賞罰委員会」という。)においては、被申請人社員山内浩行が、申請人本人は金銭を着服していないと思われること、桑田・申請人双方が、一致して「桑田が申請人を騙した」と言っていること、その他申請人に有利な事情を十分説明しており、実質上、申請人の弁護者としての機能を果したものである。

また、本件賞罰委員会においては、申請人自身の作成にかかる同人の陳述書や桑田の供述書等についても十分に検討し、慎重に審議したうえで申請人に対する懲戒解雇の結論を出したものであり、さらには、被申請人会社就業規則第四二条に基づき、被申請人社長に対する意見具申がなされた後も、慎重を期し、取締役会の決議を経たうえで、最終的な決定がなされたのである。

このように、本件懲戒解雇手続は、その適性が十二分に確保されており、その過程において「弁護者の選定」形式がふまれなかったことは、本件懲戒処分の内容及び効力に何ら影響するものではない。

2  同(二)は争う。

第三当裁判所の判断

一  当事者

1  申請の理由1は当事者間に争いがない。

2  本件疎明資料及び争いのない事実によれば、被申請人は、一二社の子会社(国内取引関連子会社が九社、海外及びその他の子会社三社)を有し、その管理に当たっているものであり、申請人は、前記のとおり、昭和二九年に被申請人に入社後、同四九年一二月二〇日大阪支店会計部長、同五三年九月一日本店営業会計部長、同五五年六月一六日同店総務部付・部長待遇・守谷電工へ出向(代表取締役)の経歴を有することが、一応認められる。

二  本件懲戒解雇の意思表示

被申請人が、申請人に対し、昭和六三年七月一八日、守谷電工への出向命令を解除し、自宅待機を命じたうえ、同年八月四日付をもって口頭で本件懲戒解雇の意思表示をなしたことは、当事者間に争いがない。

三  懲戒解雇事由の存否

1  本件不正事件が発生したこと及び右事件に関連して、申請人が守谷電工の代表者として、富松商会に対し、合計金二億二〇八〇万円の支払いをなしたことは当事者間に争いがない。

本件疎明資料によれば、右手形金は、富松商会を経由して桑田が受領し、自己の為に消費していたこと、本件不正事件発覚後、守谷電工に本件不正事件〈1〉につき、金八六五〇万円、同〈2〉につき、金二五〇〇万円の入金のあったこと、また、桑田から本件不正事件の損害賠償の一部として不動産、株券等が守谷電工に渡され、その額が約金七八〇〇万円程度になること、ところで、右入金された金員のうち、本件不正事件〈1〉の金八六五〇万円については、うち金五〇〇〇万円は被申請人と春秋会間の実体のある請負契約に基づき、春秋会が被申請人に支払うことになっていた着手金の一部を桑田の指示で、たまたま守谷電工に支払ったに過ぎないものであること、残金金三六五〇万円については、桑田が春秋会から手形で借りて来て、それを守谷電工に対する工事代金の直接支払い分として守谷電工に回したものであり、現在、春秋会から被申請人に対する貸付金として、返還請求されていること、さらに、本件不正事件〈2〉の金二五〇〇万円は、被申請人から守谷電工に支払われたものであるが、被申請人と守谷電工間には下請発注の実体がなく、したがって、右金員は支払われるべきものでなかったものであり、当然返還されるべきものであることが、一応疎明される。

右事実によれば、守谷電工は、本件不正事件により、約金一億四三八〇万円の損害を被ったことになる。

2  被申請人は、申請人の本件行為について、申請人に報告義務違反、稟議義務違反及び取引実体確認義務違反があった旨主張するので、この点について検討する。

(一) 本件疎明資料及び争いのない事実によれば、次の事実が、一応、疎明される。

(1) 守谷電工は、前記のとおり、被申請人大阪支店の電気関係の工事部門が独立して設立された被申請人の子会社で、昭和六二年九月現在、資本金二〇〇〇万円、従業員数約二六名、年商約金七億五〇〇〇万円であり、一方、被申請人は、明治三四年に設立され、現在、資本金は金八億一〇〇〇万円、従業員約七三七名(昭和六三年三月現在)、年商約金一三六〇億円(昭和六二年度)の会社である。被申請人は、その子会社のうち、守谷電工を含む国内関連会社の管理を被申請人の管理部(以下「管理部」という。)を通じて行っていた。その管理に当たっては、子会社に対し、報告(以下、「本件報告義務」という。)及び稟議(以下、「本件稟議」という。)を義務付けていた。

本件報告義務の内容は、営業、経理、総務、人事の各事項について行われ、営業に関しては、「営業月報(営業成績・受注残・概況報告の記載欄のあるもの)」の書式を用いて月次営業成績の報告を求めるものである。

また、本件稟議制度の内容は、子会社が一定の基準に当たる取引を行うに当たっては、親会社である被申請人の一部門と同様に、管理部へ担当店部(被申請人社内で該当の子会社と最も取引の多い店部)を経由して稟議書を提出させ、被申請人の承認を得るものである。稟議に当たっては、被申請人の社内と同様の稟議基準が適用されよ(ママ)うになっている。その基準の主な内容は、〈1〉 取引先の信用度(新規取引先、与信上問題のある取引先との取引)〈2〉 取引条件(割賦・延払入金、前払いを伴う取引)〈3〉 取引品目(新商品等を販売する取引)〈4〉 大口取引(一件当たりの取引が大きな取引)の項目に関し、金額が取引一件当たり概ね金五〇〇万円以上、大口は金三〇〇〇万円以上の取引が各々稟議に該当することとなっている。

そして、稟議の具体的方法は、原則として、子会社から管理部を経由して行われていた。

(2) 他方、申請人は、本件不正事件に関する取引につき、守谷電工の代表者として親会社である被申請人に対し、稟議あるいは所定の報告をしていなかった。また、申請人は、これまでの富松商会との取引がほとんど少額取引(金五〇〇万円以下)であり、特段その信用度調査をしていなかったにもかかわらず、本件不正事件に関する取引については、桑田の指示であるとして、その資力、経営規模、支払能力等からみて一回の取引額が一千万円以上に及ぶ取引能力があるかどうかについて調査しなかった。

(3) ところで、被申請人は、子会社に本件報告義務並びに稟議義務の周知徹底を図るため、昭和五七年一二月に開催された被申請人グループの社長会において、議題として「承認・合議・報告事項の確認」を取り上げ、前記稟議基準等を記載した書面を配布して本件報告義務及び稟議義務の確認を行ったが、申請人もこれに出席していた。さらに、昭和六〇年一二月頃、被申請人子会社に、約金一二〇〇万円の多額に上る焦げ付きが発生し、その取引について稟議書が提出されていなかったことから、被申請人は、同六一年一月三一日、営業役員室長名で「取引稟議(子会社)の完全励行について」という表題で「決裁限度一覧」を添付して、守谷電工を含む子会社に指示文書を送付し、本件報告義務及び稟議義務の徹底を図った。その結果、申請人を除く子会社八社から被申請人に対し、昭和六〇年度五九件、同六一年度一三七件、同六二年度一二三件の稟議がなされた。申請人も、この趣旨を了解して、守谷電工と株式会社浜田印刷機製造所との取引に関し、昭和六一年一月、同六二年一月及び同年七月の三回並びに日立造船エンジニアリング株式会社との取引に関し、被申請人に所定の稟議を起こしていた。

(二) 右事実によれば、申請人は、守谷電工の代表者として、本件不正事件に関する取引(取引の開始、取引条件等)について、取引先である富松商会の実体を調査し、高額な取引きの相手方としての信用度を確認すべきであったのにこれを怠り、更に、被申請人に対し、稟議をしてその決裁を得、また、取引に関する報告義務があるのにこれを怠ったということができる。したがって、この意味では、一応、被申請人主張のとおり、申請人には、報告義務、稟議義務及び取引実体確認義務違反(以下、「本件各義務違反」という。)があったものということができ、本件不正事件の態様からみて、申請人が右義務を履行していれば、前記損害の発生を防止できたであろうことが推認されるところである。

3  そこで、本件各義務違反の懲戒解雇事由該当性について検討する。

本件疎明資料及び争いのない事実によれば、就業規則第四〇条第一、二、及び一〇号、第四一条第一項、第四四条には、

「第四〇条 従業員が次の各号の一に該当したときは懲戒処分をすることがある。1本規則または遵守すべき事項に違背したとき 2故意または重大な過失により会社に不利益を生じさせあるいは競争会社に利益を与えたとき 10その他各号に準ずる不当な行為があったとき、

第四一条 懲戒はその理由の程度により、訓戒、譴責、減給、降格、休職、諭旨退職、懲戒解雇の七種類とする。

第四四条 賞罰の実行に関する細目については、別に定めた賞罰規程による」

また、賞罰規程第二〇条第1、4及び11号、第二一条第7号には、

「第二〇条 次の各号の一、またはそれ以上に該当する場合個人処罰の対象とする。1故意または重大な過失により業務上不利益を生ぜしめあるいは競争会社に利益を与えた場合 4自己の職責を十分に遂行しなかった場合 11その他社内諸規則または遵守すべき事項に違背した場合

第二一条 個人処罰の方法は次の各号のとおりとし、故意または重大過失により会社に損害を与えた場合その全部または一部を賠償させることがある。7懲戒解雇(予告せず即日解雇する)」

とそれぞれ規定されていることが、一応、認められる。

右各規定に照らすと、申請人の本件不正事件に関する前記本件各義務違反は、一応、形式的には右各規定に該当し、懲戒解雇事由に該当するということができる。

四  懲戒手続違反

申請人は、本件懲戒手続には重大な違反があり、本件解雇は無効である旨主張するので、以下この点について検討する。

1  被申請人における懲戒手続についてみるに、本件疎明資料及び争いのない事実によれば、就業規則第四二条には「懲戒は十分に調査をした上原則として賞罰委員会の意見具申により社長がこれを決裁する」と規定され、前記第四四条を受けて、賞罰規程第二二条及び第二三条には、

「第二二条 処罰の対象となる事項があった場合、総務部長はその該当事項、程度、内容等を社長に提出するものとする。二社長は提出のあった件につき原則として賞罰委員会を編成し処罰の可否およびその具体的実行方法等の意見具申を受けるものとする。

第二三条 個人処罰の審議にあたっては、処罰対象者を弁護するものを選定し、その意見を十分聴取すると共に、次の各号に掲げる事項を参考として審議するものとする。1会社に対する具体的影響 2処罰に該当するに至った経過、理由等(動機を含めて)およびその後にとった措置等 3過失のある場合はその程度4過去における同種の処罰の状況5本人の該当業務に対する知識、経験 6本人の日常の勤務状況 7本人の過去における功績 8本人の反省の程度 9その他参考にすべき事項」

と規定されていることが、一応、疎明される。

2  申請人は、本件賞罰委員会の審議に際し、右規程に定められた申請人のための弁護者が選定されていない手続上の重大な違反があり、本件懲戒処分が無効である旨主張するところ、本件賞罰委員会の審議に際し、右弁護者の選定されていなかったことは当事者間に争いがない。

ところで、右規程は、従業員の身分に重大な影響を与える懲戒処分に関し、従業員本人の意見、弁解のみならず、懲戒対象者を弁護すべき者の意見を具申する重要な機会を設けたものであり、これを欠くときは、賞罰委員会の決議はその手続きにつき重大な瑕疵があるものとして無効と解すべきである。

しかしながら、前記認定の懲戒手続規定をみると、懲戒対象者のために弁護者選定を義務付た制度趣旨は、単に、賞罰委員会の審議にあたり形式的な弁護者の存在のみでよいとするものではなく、実質的に賞罰規程第二三条各号に定められているような事項について、懲戒対象者の有利になるような事実をも十分に調査し、弁護者の意見をも参考にして審議して、その結論を出すべきであり、仮に、弁護者が選定されていなかったとしても、実質的に弁護者の意見を十分聴取した場合と同様の結果が得られるような配慮がなされ、これを参考にして審議を遂げ、賞罰委員会としての結論を出すように定めたものと解するのが相当である。したがって、その制度趣旨からみて、形式的に弁護者の選任がなされていないとしても、実質的に制度趣旨に沿うような審議がなされていれば、その要件を充足しているものというべきである。

3  そこで、本件懲戒解雇手続について、右規程の趣旨を実質的に充足しているか否かについて判断する。

(一) 本件疎明資料、争いのない事実並びに審尋の全趣旨によれば、一応、次の事実が認められる。

(1) 昭和六二年六月三日ころ、申請人は、本件不正行為が桑田の詐欺行為によるものとは知らないまま、本件不正行為に関する支払いの遅延を質すべく被申請人大阪支店に桑田を訪ねたところ、同人が不在であったことから本件不正事件が発覚するに至った。そのため、被申請人では、同月六日ころ、被申請人管理部第二課課長山内浩行(以下「山内課長」という。)を中心とする調査団を編成してその調査に当たらせた。そして、山内課長らは、そのころ、桑田から本件不正事件の事実関係についての陳述書二通を提出させると共に、申請人については、当時の被申請人大阪支店長を介して、本件不正事件の事実に関する手書きの陳述書を提出させた。

(2) 昭和六三年七月二〇日ころ、山内課長は、申請人と被申請人大阪支店で会い、申請人が先に提出した陳述書を要約したものであるとして、自から作成した不動文字の供述書に署名押印を求めた。ところが、右供述書には、本件不正事件の事実関係の外に、申請人の重大な判断の誤りと不注意から多額の手形を詐取され、そのために会社に多大の損害を与えたことに対する謝罪及び本件不正事件は申請人の本件各義務違反によって発生したものであることを認める趣旨の記載があったため、申請人は、署名押印を拒否した。

(3) 昭和六三年七月二八日、本件賞罰委員会が開催されたが、その委員会は、被申請人取締役第二営業部長宍戸裕委員長の外、五名(いずれも被申請人会社の部長、課長の地位にある者)で構成され第一営業部長吉田新一と山内課長が説明者となって行われた。その会議に配布された資料は、桑田の陳述書二通、申請人作成の陳述書及び山内課長作成の前記供述書(申請人の署名押印のないもの)であった。席上、各委員から主として本件不正事件の経過、損害等についての質疑があり、申請人と桑田との共謀を疑う意見も多く出されていた。これに対し、山内課長は、申請人は全面的に桑田を信用していたといっている旨答弁していた。結局、本件賞罰委員会では全員一致で申請人を懲戒解雇相当との結論を出し、これを被申請人社長に具申した。

被申請人社長は、右具申を受けて、同年八月四日開催の臨時取締役会に本件賞罰委員会の結果について諮り、出席者六名全員(うち二名は本件賞罰委員)の承認を得たので、申請人を懲戒解雇することにした。そして、昭和六二年八月四日、被申請人人事部長は、電話口頭で本件解雇の意思表示をなしたが、その際、申請人から解雇事由を訪ねられた同部長は、解雇理由を明らかにしなかった。

(4) 一方、申請人は、本件不正事件に関する取引以前において、本件不正事件の取引形態と同様に、富松商会を下請とする指定形式発注により、十数回に及ぶ取引、あるいはその他の取引先との間で数回にわたって、同様形式により桑田からの指示で取引(一取引額が金五〇〇万円以上のもの)がなされ、これについて、報告義務及び稟議義務を履行しておらず、特別問題になることもなかった。また、守谷電工は、被申請人からの発注が取引の約八割を占める状況にあったので、本件各義務を履践すべき場合が少なく、申請人は、これまで、前認定の数件についてのみ、稟議義務を履行していたに過ぎなかった。申請人は、本件不正事件に関する取引についても、これまでと同様、指定形式発注の取引と考え、桑田の指示に従って、代金の支払い等を行っていた。そして、本件不正事件に関する取引について、その作成目的は異なるにせよ、守谷電工から被申請人に提出した昭和六三年三月三日付の「八六年下期目標とその反省」と題する書面、あるいは、同年四月三〇日付の「決算案承認願(八〇年度一年間)」と題する書面には本件不正事件に関する取引が記載されていた。このようなことがあったため、申請人としては、本件不正事件に関する取引についての責任を全面的に負わされることに納得が行かず、前記山内課長作成の供述書に署名押印を拒んだ。

(二) 右事実によれば、被申請人は、本件不正事件に関する申請人の行為につき、事件発覚直後に申請人から事実に関する陳述書を提出させたのみで、懲戒に関し、その意見陳述をさせていないため、本件賞罰委員会にその意見が資料として参考に供されていないのみならず、前認定のような本件不正事件に関する取引の背景的事実、守谷電工と被申請人との取引に関するこれまでの取引慣行等申請人の弁解を弁護し得る弁護者を選定しその意見を十分聴取すべきであったのにこれを行わなかったし、本件賞罰委員会において、山内課長が申請人と桑田との関係について、申請人の言い分を伝えたことがあっても、前認定のとおり、同課長が被申請人側の本件不正事件調査団の中心的立場にあり、前認定のような言動からすると、到底、申請人の弁護者としての役割を果たしたということもできない。

4  以上説示して来たところによれば、本件賞罰委員会の審議にあたり、形式的にも実質的にも賞罰規程に定める弁護者の選任を怠った瑕疵があるというべきであり、しかも、その瑕疵は重大である。したがって、審議手続にこのような重大な瑕疵のある賞罰委員会の決議は無効であり、このような無効な決議に基づく意見具申によってなされた本件解雇には重大な手続違反があり無効と解すべきことになる。

よって、本件解雇の意思表示は、その余の点について判断するまでもなく無効である。

五  申請人の賃金請求権

1  本件懲戒解雇が無効である以上、申請人は本件懲戒解雇がなされた昭和六三年八月四日以降も申請人の従業員としての地位を有していることが明らかであるところ、審尋の全趣旨によれば、被申請人は申請人の右地位を否定し、これを争っていることが明らかであるから、申請人は同日以降の賃金請求権を有するというべきである。

2  ところで、被申請人では昭和六三年六月一日付で給与改定が実施され、申請人は被申請人に対し、その遡及実施差額分として、同年四月分金五九〇〇円、同年五月分金二万三九〇〇円の賃金請求権があることは当事者間に争いがなく、また、本件疎明資料及び争いのない事実によれば、申請人は、昭和六三年三月期賞与として、金一一九万三〇〇〇円の請求権を有していること(その支給日は同年六月一七日)、本件解雇時直前三か月の平均賃金(税込み総支給額)は、金六三万九九六六円、その支給日は毎月二〇日であること、被申請人は申請人に対し、本件解雇の意思表示後の賃金はもとより、昭和六三年六・七月分の賃金、前記三月期の賞与及び差額分の支給をしていないことが、一応、疎明される。

六  保全の必要性

1  本件疎明資料によれば、申請人は、賃金のみで生活する労働者であって、家族は老齢の両親、妻及び二人の子供で、住居は借家であること、二人の子供のうち、一人は社会人として働いているが、他は大学に在学中であること、申請人の一か月の生活費は、約金三五万円かかるのに対し、申請人は、現在無収入であり、また、就労している子供は、自分の生活費だけに追われて余裕がなく、家族の収入としては、両親の厚生年金として月額金一七万円程度の収入があるだけで、不足分は、僅かな蓄えから支出しているが、その生活は窮迫しており、本案判決の確定を待っていては回復しがたい損害を被るおそれのあることが、一応、疎明される。

2  他方、守谷電工を債権者、申請人を債務者、被申請人を第三債務者とする債権仮差押事件(当庁昭和六三年(ヨ)第三七八八号事件)が同年一〇月一二日係属し、申請人の被申請人に対して有する賃金及び賞与(所得税・住民税・社会保険料を控除した残額の四分の一、ただし、右残額が月額金二八万円を超えるときは、その残額から二一万円を控除した金額)について同月一三日仮差押命令が発せられ、右命令は、そのころ、第三債務者たる被申請人に送達されていること、右命令の請求債権額は金三〇〇万円(守谷電工が債務者に対して有する委任契約上の善管注意義務違反に基づく損害賠償請求権金一億九五八〇万円の内金)であったこと、その結果、前記未払賃金、賞与等を含めて右金額に充つるまでその効力が及んでいることは、当裁判所に顕著な事実であるところ、本件疎明資料によれば、本件解雇時直前三月間(五・六・七月)の前記公租公課等を控除した申請人の賃金は、金四四万〇八九三円、金四八万二八七八円、金四六万〇五七一円であり、この平均月額が金四六万一四四七円となること、また、前記三月期の賞与のそれは、金九四万九一五二円であること等が、一応、疎明される。

右事実によれば、右三月期の賞与及び六月分以降の賃金については、金二一万円を超える部分につき、金三〇〇万円に充つるまでその仮差押効力が及んでいることになるから、その効力の及んでいる部分について仮払いの仮処分を求めることは許されないといわなければならない。

そして、右事実からすると、一カ月平均金二五万円を限度として仮差押の効力が及んでいるものと解することができるから、仮差押債権額の金三〇〇万円に充つるまでには三月期賞与の仮差押額を考慮すれば、計算上、昭和六三年六月分から遅くとも一〇カ月分の賃金で金三〇〇万円に達することが明らかである。

3  以上の事実を総合して考察すると、本件仮処分申請は、地位保全を求める部分と、被申請人に対し、金二一万円及び昭和六三年六月一日以降平成元年三月末日までは一カ月金二一万円の、同年四月一日以降は一カ月金六三万円の各割合による金員を毎月末日限り仮に支払を求める限度でその必要性を肯認するのが相当である。

七  よって、申請人の本件仮処分申請は、右の限度で理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容し、その余は理由がないので却下し、申請費用の負担につき民訴法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 田畑豊)

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